「ほっ」と。キャンペーン

残ったのは意外な人物

私の父は、中途障害者になる前は、仙台の国分町が大好きだった!
クラブの美しいママさん方とも、仲良し。

その中の一人。涼しげな目元が魅力の、『Rママ』という人物がいる。

御歳暮、御中元は欠かさず、我が家に高級菓子を贈ってくれる。

父がまだ障害者になる前、『NHKのど自慢』の予選会に出場した時のこと。(予選会にも、多くの応援団が駆けつけ、本番さながらに盛り上がり、かなり面白い)

Rママは、若いホステスさん達を連れて、父に黄色い声援を飛ばしてくれた。

そんなRママを、私は好きだったけれど、水商売に対する、自分では気づいていない偏見はあったかも・・・


そして5年前。たくさんの人脈があった父は、重度障害者になった。

変わらず、友だちでいてくれる人たちもいれば、

一部の人は、波が引くように、離れていった。

当然、Rママも、引いていく波の一人だと思っていた。

ところが・・・

父がもう、お店には行けないとわかった後も、毎年変わらず今日まで、Rママから高級菓子が届いている。

去年は、3人の元気なお子さんを連れて、山元町まで遊びに来てくれた。

中国の方と結婚している、Rママは

「中国は一人っ子政策だから、子ども3人連れて歩いていると、目立っちゃうのよ〜ウフフフ・・」

と、眉毛のまったくないスッピンで、美しく笑った。

人と人との繋がりは、表面ではなく深さだ。

以来、私は、心を込めて人とお付き合いしている。
そして、外見や仕事、肩書きではなく、その人の本質、ハートを見る事ができるようになった。

Rママは、父が経営者でも、障害者でも、接する態度が、まったく変わらない。

Rママ、大切なことを教えてくれて本当にありがとうございます!


※以上が、先日玉入れの熱気の中で、私がお話した体験です。
ちゃんちゃん♪

# by loveiysally-4970 | 2010-07-07 06:38 | 脳梗塞からの贈り物 | Comments(8)

ヨガと手づくり、時々ポエム♪東日本大震災後、新たな生き方を模索した、泣き虫、ズッコケ、でも愛に囲まれたサリー母さんの成長日記。


by loveiysally-4970
プロフィールを見る
画像一覧