不妊症だった私

いまから13年前、23歳の時、職場の先輩方をごぼう抜きして、豪華披露宴を挙げ、華々しく結婚した。

夢は、「若いママになりたい!」
私は夢に向かって、意気込んでいた。

ハネムーンベビーを期待するも、残念。。。
当時は幼稚園の先生をしていて、子どもが大好き!!一瞬でも早く、自分の赤ちゃんを抱っこしたかった。

私は、5人兄弟の長女。元夫は、6人兄弟の長男。共に子沢山の家庭で育ったので、赤ちゃんが出来ないなんて、考えもしなかった・・・
不妊症という言葉は知っていたが、私には全く関係のない事だと思っていた。

結婚して1年が過ぎ、私は、だんだん不安になっていた。もっと簡単に妊娠できると思っていたのに・・・

生理痛がひどかった私は、思い切って婦人科の門をたたく。
診断の結果は、聞いた事もない病名「子宮内膜症」不妊の原因にもなる病気だというのだ。

私にとっては、大きなショックだった。


以後、その治療や、たくさんの不妊症の検査で、私の婦人科通いが始まった。

当時の私は、悩みを気軽に人に話せず、婦人科に行っている事は、一部の人を除いて、秘密にしていた。
みんなに知られる前に何とか妊娠したかった。

結婚して、3年が過ぎた頃から、私の周りで、空前のベビーブームが始まった。

まずは、4歳年下の妹が、出来ちゃった結婚をする。
職場の仲良し同期4人組も、私を追い越して、3人とも次々に出産していった。

元夫の妹さんも、結婚してすぐ、赤ちゃんに恵まれる。
親しい親戚にも、2人赤ちゃんが生まれた。
不妊症仲間で、妊娠する為!と共にプールに通っていたKちゃんにも、赤ちゃんがやって来た。

始めは、笑顔で渡していた出産祝い。
でも・・こうも続くと、何とか笑顔を作ることが精一杯になっていた。
たった一人だけ、ポツンと取り残されたような気持ちになる。
人には見せなかったが、心の中では、悲しくて泣きつづける私がいた。

なんで・・・私だけ赤ちゃんができないの!!

もう、みんなの幸せそうな顔は見たくない!!

私の心は、悲鳴を上げていた。


「お子さんは、まだですか??」
「赤ちゃんは、若いうちに生んだ方がいいよ」
「子育てした人は、やっぱり違うね〜」

数々の悪意のない言葉や、可愛らしい赤ちゃんの写真の年賀状ですら、簡単に私の心に突き刺さる。

友達が、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いている同じ時。
私は子宮の様子を確認するため、全身麻酔をかけて行う、腹空鏡検査を受けるため入院していた。

入院した時の写真があった。ストレスや薬の副作用なのか、凄く太っていて、本当に暗い顔をしている。

更に悪い事は重なり、職場では、友人がリストラにあい、大変な騒動が起きていた。
人間関係にもひびが入る・・

夫ともケンカばかりの日々・・

本当に私は、心身共に疲れ果てていた。


「お前は精神病だ!仕事も不妊治療も、もうやめろー!!」

ケンカの最中の元夫の言葉のおかげで?!私は、心の支えだった仕事も、真剣に通っていた不妊治療も、その両方をやめた。


そして、脱け殻のようになった私は、改めて自分達の住んでいたアパートを見つめ、唖然とする・・・

枯れた観葉植物、埃だらけの棚、物に溢れた汚れた部屋。

全てが私の心を、うつし出していた。

重い身体を引きずって、アパートの全ての窓を開け放つ。久しぶりに爽やかな風が吹き抜けると、私の中で何かが変わった。

泣きながら、一つ一つ片付けていく。
雑巾を絞り窓を拭いていく。
私は毎日少しずつ、荒れた部屋を片付けていった。


それから数ヶ月後・・・

今まで、どんなに頑張っても出来なかった赤ちゃんが、私の中に宿っている事に、ふと気づく。
膝がガクガク震えて、とめられない。


私が、生まれて初めて我が子を抱いたのは、結婚してから5年の月日が流れた、ある清々しい秋の日だった。


現在・・・

私は、3人の子宝に恵まれた。
過去の苦しみは種となり、今。。。大きな喜びの花を咲かせている。


今この瞬間・・・

不妊症で泣いている人はいませんか??

もしいるのなら・・・

私は、悲しくて泣いている人に、大きな愛と光を贈っています。


次回からは、私自身が不妊症から学んだ、小さな気づきを書いていきます。

☆感謝☆
# by loveiysally-4970 | 2010-07-23 03:58 | 不妊症からのプレゼント | Comments(0)

ヨガと手づくり、時々ポエム♪東日本大震災後、新たな生き方を模索した、泣き虫、ズッコケ、でも愛に囲まれたサリー母ちゃんの成長日記。


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