<   2011年 04月 ( 2 )   > この月の画像一覧

差しのべられた手

 執着がなければ、新しい流れが生まれる。

 すべては、私のハートの中で輝いている。

 常に、数えきれないほどの手が、私に差しのべられている。

 以前は、その手を振りほどき、ひとり苦しんでいた。

 差しのべられた手を、喜んで握りかえそう。

 感謝しながら、握っていこう。

 私を、どんどん引き上げてくれる。

 受け取ろう、愛と豊かさを。

 美しい流れに、逆らわず、信頼して身をまかせよう。

 ありがとう。ありがとう。ありがとうございます。


by loveiysally-4970 | 2011-04-23 06:35 | ハートの詩 | Comments(6)

震災の記憶

 3・11の大震災の日。私は勤め先の仙台の保育園にいた。2時46分。突然の凄い地鳴り。お昼寝から目覚めたばかりで、泣き出す赤ちゃん。おんぶしようとするが、揺れがあまりにも大きくて、思うようにならず焦る。保育室の真ん中に集まり、経験のない激しい揺れに、みんなで必死に堪えていた。
 すぐに近所の公園へ避難。次々と近くで働く保護者が、血相を変え迎えにくる。我が子を泣きながら抱きしめる。
 私は、遠く40キロ以上離れた、海沿いの山元町にいる3人の我が子をおもう。
「大丈夫…大丈夫…大丈夫…」
自分を懸命に励ますが、涙がどんどん流れてくる。きっと、先生方が守ってくれる。不安を打ち消しながら強く信じる。
3時半頃、子どもがいる保育士は、家に向かう。私も、買ったばかりの新車ハッピーちゃんに飛び乗り、山元町へ向かう。仙台の中心部は、もの凄い渋滞。ビルのガラスが割れ、あちこちで壁が崩落している。バスや電車が完全にストップし、町に人々が溢れだしていた。
いくらかけても携帯が繋がらない。そんな中、母からの着信。なんと今日は、たまたま障害者の父を連れて、仙台の病院にきているという。子ども達のお迎えは、私の親友、ようこちゃんに頼んだとのこと。その後すぐに、ようこちゃんからの着信。祈るような気持ちでとる。
 ようこちゃんは、自身の3人の子と、我が家の下の2人をお迎えした。そして最後に海沿いの学校に通う、みるくちゃんの元へ向かう。そして、なんと、目の前で大津波と遭遇してしまう。間一髪で抜け道から山の方へ逃げ、子ども達を守ってくれた。
その直後の電話だった。私は混乱した。津波と遭遇した場所は、山元町のゴミ焼却場の近く。そこまで、津波がくるなんて、これまでの常識では考えられない…そして何より、みるくちゃんの学校は、ずっと海のそばだ。
「みるくちゃんは!みるくちゃんは!みるくちゃんは!」
私は泣きながら叫んでいた。ようこちゃんが、「何とか探すから」といってくれたことだけが心の支えだった。

 小さな頃から、内弁慶だったみるくちゃん。本が大好きで、よく周りからは、「おとなしいね」と言われた。そんなみるくちゃんに「自分の思いをはっきり伝えなさい!」と求めた事もあった。泣いたり、落ち込んだり、笑ったり、抱き締めたり。そんなみるくちゃんとの9年間の日々が頭の中を、駆け巡る。
 離婚してこの3年、私は必死で働いていた。ホテルのレストランの朝食、ランチ係。介護職。そして保育士。春からは新設の保育園で主任としてスタートすることが、決まっていた。その全てが、小さなことに思えた。
みるくちゃんと再会したら、楽しい事をいっぱいしよう。みるくちゃんの個性を、もう一度ありのまま認めよう。今しか味わえない一瞬を、心から大切にしていこう。

「みるくちゃん、みつけたよー!!」

ようこちゃんの、電話の向こうの声は、人生でもっとも輝く言葉となった。

 山元町では、死者が590人。行方不明者が310人(6日河北新報)に上り、約2600人が避難所に身を寄せる。




〇追記(2017.3.11)
宮城県山元町の人的被害
・死者 637人(遺体未発見の死亡届17人および震災関連死20人を含む)
※町内での遺体発見数680人
・行方不明者 0人(死亡届提出17人を除く)
・重傷者  9人(救急搬送分)
・軽症者 81人(救急搬送分)



by loveiysally-4970 | 2011-04-11 23:59 | 東日本大震災 | Comments(18)

ヨガと手づくり、時々ポエム♪東日本大震災後、新たな生き方を模索した、泣き虫、ズッコケ、でも愛に囲まれたサリー母さんの成長日記。


by loveiysally-4970
プロフィールを見る
画像一覧